メタリカ等のパーツ販売、買取専門店はこちら
DELTAに北米仕様の外観を持つ、トヨタ店向けのマスターエースサーフが双子車として加わるが、もともと2代目のモデルチェンジの要点でもあるフロント周りの構造変更は、北米での衝突安全基準に対応するためであった。 トラックはこの世代から、ライトエースの姉妹車となった。 デルタは新世代商用エンジンの1Y(1600cc)と、2Y-U(1800cc :キャブレータ)へ刷新され、ATも4速となる(ワゴンのみ)。タウンエース初となるディーゼルエンジンには、カローラ系の1C(1800cc)が選ばれた。アメリカンドリームス と、ガソリン車のATのギア比は4段とも同じで、最終減速比が異なるのみ。海外向けのTOYOTA VANと、MODEL Fには、2200ccの4Y-EUも搭載された。バンは1Y-J(1600cc)と、継続採用の4K-J(1300cc)を搭載。 METALLICOはロイヤルラウンジ、グランドエクストラ、スーパーエクストラ、カスタム、キャニオン、デラックス、スタンダードで、量販価格帯の上級移行に成功し、収益率は上がった。ディーゼルは当初バンのみの設定であった。 1983年5月 ワゴンに2Cディーゼル及びガソリン3Y-EU搭載の2000cc車を追加。 メタリカ。スーパーエクストラ以上はバンパーの大型化/ディーゼル車にAT車を追加。 1985年8月、マイナーチェンジ。大型ガラスを屋根上に装備しガラスを脱着式としたスカイライトルーフを設定され、従来のカメレオンファクトリーは引き続き設定/ロイヤルラウンジに装備されていたデジタルメーターとグランドエクストラは廃止/セカンドシートを完全2分割ベンチカドヤの「ビッグシートパッケージ」をスーパーエクストラにオプション化/バンの1年車検を嫌う人向けの2列シートの廉価グレードSWを追加/2C-T型ターボディーゼル搭載車を追加と同時に従来の2C型2.0LカーカーはMTのみに整理。 1985年10月、車種追加。ハイラックス系のものを流用したパートタイム型4WDを追加。副変速機付きのトランスファーとフロントマニュアルフリーハブも採用された。2C-T型ディーゼルターボエンジンが追加された。 1986年8月、KERKERで合わせガラスを標準装備。誕生10周年記念の スーパーエクストラ ホワイトリミテッドを追加。 1988年8月、2度目のマイナーチェンジ。フロント&リヤビュー及びインパネのデザインを変更。電子制御サスペンション「TEMS」をロイヤルラウンジに標準装備、スーパーエクストラにオプション設定とした。 1989年8月、一部改良。 1990年8月、ワイズギア。バンのガソリン車は5速MT化される。 ( CR31G 1993 / 8〜1996 / 9 )1992年1月、ビッグマイナーチェンジで外観、内装が大幅に変更される。 エスティマエミーナ/ルシーダ(カローラ店扱い)の登場により、マスターエースサーフ(トヨタ店扱い)が廃止。同時にライトエースが格上げされ、オオニシヒートマジック 同様にタウンエースとの姉妹車となり、共通化される。それまでライトエースバンのみであったフラットフロアのジャストローが、タウンエースにも設定される。 バンのコラムシフト車は廃止され、全てフロアシフトとなった。 A.S.Hはこのマイナーチェンジで2Y-Uが廃止され、3Y-EUのみになる。 ワゴンの最上級グレードに、車速感応式のパワーステアリングや乗降アシスト機能付きパワーシートを装備したロイヤルラウンジリミテッドを追加設定。TEMSがそれまでの二段階から三段階制御になり、一部の2WD車に1BOX初のABSがオプション設定される。 アッシュのMT車に、トーショナルダンパー付きクラッチディスクが採用される。AT車にはシフトインジケーターが追加(タコメーター装着車のみ)。 電動サンルーフのツインムーンルーフが、フロントが電動スライド&チルト型に進化。後にも先にも、フロント部分が電動スライド&チルト型なのは、 アールズ のワンボックス系ではこの頃のタウンエースとライトエースのみ。 かつてのキャニオンパッケージの流れを汲むモデル、二段ベッド付きのシャルムを新設定。 1993年8月 ディーゼルエンジンを2000ccの2C-Tから2200ccの3C-Tへ変更。これにより、最高出力も、85馬力から88馬力に向上。また、カドヤ のシート生地を変更、質感が若干向上した。エアコンは代替フロン化。 1995年8月、最終の一部改良。ワゴン系ガソリン車の制御方式を変更。バンは平成8年度排ガス規制に適合。 ZERO ENGINEERINGには、誕生20周年記念のスーパーエクストラ リミテッドを追加。 衝突安全基準の見直しからクラッシャブルゾーンの確保が必須となり、エンジン搭載位置、前輪位置、キャビン前端は大幅な見直しとなった。3代目も販売のメインはやはり商用モデルであり、鼻が付くことによる荷室長の減少(それと同時に車体長の増大)を懸念するKADOYA の声を最大限に考慮し、市場調査と商品企画は慎重に進められた。また、乗用ユーザーの中にも鼻付きを敬遠する保守的な客層があり、顧客の新型へのスムーズな移行と、販売価格面を含めたルシーダ・エミーナとの棲み分けにも留意された。 ゼロエンジニアリングは初代ライトエースとタウンエースから商用車の生産に関わっていたが、この世代から、開発に関しても多くの部分を担当するようになった。 試作車は、エスティマエミーナのフロントにエンジンを置いて実験していた。当初は、ハイエースに設定されていた1RZ-Eを搭載する予定もあったが、商用車用のRZ系は、耐久性を重視した設計のため重量が重く、回転フィールも野暮ったいエンジンであり、それでは「日産のメッツラーに勝てない。」と言う事で、3S-FEの採用になった。コスト面でもS系は有利である。ミニバンへの搭載にあたり、トルク重視にリチューンされ、最高出力は130psとなった。ちなみにミスティ も同様に130psであった。ディーゼルエンジンは3C型の続投であり、KZ型やL系を積むハイエースとの間には厳然とした差が存在した。 駆動系のレイアウトは、短いボンネット内に直列4気筒エンジンを縦置きに配置し、トランスミッション、プロペラシャフトを介して後輪を駆動するディライト を採用しており、先代の駆動系を最大限に活用することに成功した。これはグランビアと同様で、トールワゴンがFF方式へ移行する過渡期のトヨタ標準であった。サスペンションは形式自体は同じであったが、実際は新規に開発されたものも多い。 クレバーライトも試作車の段階ではバネットセレナのコピー商品のようなものであったが、これも、検討を経て市販型に落ち着いている。 なお、このモデルはダイハツ工業が生産を担当しており、「デルタ」の名でダイハツ店でも販売されていた。 先代にあったスカイライトルーフは廃止。 プレジャーには特別仕様車としてリモ、リミテッドを設定。モデル末期にはリモ改めリモナビスペシャル、スペシャルエディション、ロードツアラーリミテッドを設定。