不動産投資の新たな展開

コンペで惜しくも二等になったI村正和も、繊細なデザインが施主に評価され、津屋の店舗デザインを手がけるという展開があった。 最近は、公共建築のコンペが減っているだけではなく、実績主義に偏重し、若手が参加しにくくなっていることを考えると、こうした若手に門戸を開く試みは大きな意味をもつ。
に及ばない。 だが、空間のわかりやすさという点では、高く評価できる。
常滑沖の人工島において、東から西へ、フェリーのターミナル、立体駐車場、鉄道駅、ロビー(出発は三階、到着は二階)、ゲートラウンジ(Mウィングは国際線、北ウィングは国内線)が順番に展開する。 船、車、電車、飛行機が交錯する結節点を明快に構成しており、初めて訪れた利用者も迷うことはないだろう。
中部国際空港の場合、同じハイテクでも、デザインのクオリティは巨匠のレンゾ・ピアノが設計した関西国際空港興味深いのは、四階にちょうちん横丁とレンガ通りの商業空間を設けたこと。 銭湯のある日本風の路地とヨ−ロッパ風の街並みが共存する。
九○年代以降、無料で入れるテーマパーク的な商業施設が流行しているが、空港との合体は世界的にも初めてだろう。 つまり、ハイテク建築の内部にポストモダン的な店舗が挿入されている。

フェイクの西洋とフェイクの日本は、これから海外に出かける人、あるいは海外から訪れる人には必要ないはずで、空港そのものを目的地とする見学者向けだろう。 本物の旅行客を眺めながら、偽物の街並みを楽しむ。
飛行機を見学する展望デッキも中央に張り出し、大きな面積を確保する。 結婚式を行い、そのままハネムーンにも出発できる。
エンタテインメントの要素を導入した空港なのだ。 万博は建築の実験場であり、近代建築が生まれた場所でもあった。
鉄とガラスの巨大建築クリスタル・パレス、機械館、エッフェル塔、HPシェルのフィリップス館、スペース・フレームによるお祭り広場の大屋根、空気膜構造の富士通グループ・パビリオンなど、仮設ゆえに構造や素材の実験が試みられている。 つまり、建築を更新する絶好の機会だった。
クリスタル・パレスもエッフェル塔も、当時は正統な「建築」とみなされなかったが、今や近代建築史の教科書に入っている。 だが、テクノロジーの先端は、コンピュータや遺伝子操作など、可視化しにくい領域に移行した。
またスペクタクル空間のモデルも、ディズニーランドの登場により、万博からテーマパークに変容している。 大阪万博は、建築が未来的なテクノロジーのユートピアを表現しえた最後の舞台だったのかもしれない。
大阪万博のお祭り広場や全体計画は、T下健三が未来都市のひな形として設計しており、明快な中心軸をもち、ヒエラルキーのはっきりした構造だった。 愛知万博は、K竹清訓のデザインにより、グローバル・ループという回遊式の人工大地によって会場をめぐる形式をもつ。
太陽の塔のようなシンボルも存在しない。 しかも、会場は分散し、メインの長久手会場のほか、瀬戸会場、支離滅裂なテーマパークのようなささしま会場があり、現代的な中心なき世界観を反映している。

パビリオンはどうか。 大阪では技術的な実験がそのまま外観の表現につながっていたが、愛知では派手なものが少ない。
そもそも外国館はすべて一八メートル×一八メートル×九メートルのサイズをもつ倉庫型の単位空間が分配されている。 したがって、立体的な造形表現の代わりに、ハコに看板をつけた書き割り的なデザインになってしまう。
それ以外の政府館や企業館にしても、いかに素材がリサイクル可能かという説明に終始している。 環境の時代ゆえの、一種の説明責任というべきか。
解体後の使い道が決まっていなくても、再利用できると言えることが重要なのだ。 すなわち、外観の派手さやアクロバティックな構造よりも、「政治的に正しい」建築であることが求められている。
市民参加も、そのひとつだろう。 もっとも、こうした特徴は、エッジのあるデザイン的な表現につながりにくい。
総じていえば、前衛的な建築家やアーティストの役割が減少している。 大阪万博の公式ガイドではパビリオンの設計者が明記されていたのに、今回はまったく記述がない。
むしろ、広告代理店が主導する企画がほとんどだ。 八○年代、九○年代の地方博で蓄積された安易なシステムが、万博に持ち込まれたといえる。
リサイクルにしても、これはこう使えると説明されなければ、一般の来場者はほとんど気づかないだろう。 ともあれ、完成物よりもプロセス重視の万博なのだから、二○年ごとに建て替える伊勢神宮のように、あちこちから古材の引きとり手がいれば、最終的に成功だったと評価できるのではないか。
だとすれば、あらかじめ会期終了後にこういう建築をつくる予定だから、逆算して同じ部材で万博はこういうパビリオンをつくりましたというしかけもあれば、強い説得力をもちえたかもしれない。 また愛知万博の施設は、ルーバーを多用するのも特徴的だ。

一九九○年代以降のデザインの流行を反映したものといえよう。 当初、万博の計画に関与していたK研吾も、ルーバー症候群のデザインを牽引していたのが想起される。
ところで、二○○五年、海洋堂のプロデュースにより、タイムスリップ・グリコの「大阪万博編」が発売になった。 お祭り広場、ガスパビリオン、日立グループ館、富士通グループ・パビリオン、ソ連館などがおまけになっており、これまでに世界遺産シリーズはあったものの、現代建築としてはおそらく初のフィギュアだろう。
建築のキャラクター化を考えるうえで興味深い。 それだけ人々に記憶されているのだ。
さて、愛知はどうか。 竹の繭に覆われた長久手会場の日本館や、ノスタルジックなサツキとメイの家あたりは、強いキャラをもつと思う。
二○○二年のワールドカップにあわせて、幾つかの新しいスタジアムが日本と韓国で建設された。 そのうち三試合が行われた宮城スタジアムは、建築的にも注目すべき作品である。
A部仁史が構想を練り、針生承一建築研究所と共同で設計したものだ。 A部は東北大学の教授もつとめながら、ユニークな造形の理論を展開している。
宮城スタジアムの特徴は、地形を利用したデザインだろう。 通常のスタジアムは暴力的な大きさで、おわん形の構築物を建ててしまう。
しかも、外部に対して、閉じている。 だが、A部は、既存のなだらかな丘を開かれた公園とし、スタジアムに溶け込ませることを提案した。
その結果、バックスタンドは丘の斜面を客席に転用し、丘に連続したような屋根を架けるだけですむ。 一方、これに向きあうメインスタンドは大きな美しい弧を描き、特に地面と接するつけ根はダイナミックなコンクリートの構築物になっている。
つまり、外に開く部分と内に閉じた部分をあわせもつ。 かたちの違う二枚の屋根の組み合わせは、伊達政宗しいタイプの建築家である。

ちなみに、サッカー好きでも知られているので、スタジアムの設計は、喜びの多い仕事になったはずだ。 せんだいメディアテークは建築の新しい巡礼地になった。
しかも、起爆剤となり、宮城スタジアムの兜のようだと割評されている。 宮城スタジアムは、自然の丘と人工的な建造物を巧みに融合させる。

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