中国語検定の柔軟性
一度変えてみたが、すると今度はもとの会社から、手紙は来る電話は来る、サービス券は来る、といおかげで、安いことは確かである。
日本まで最初の1分48セント、あとは6秒刻みで8セントずつ、というのが、私の使っていたサービスだが、最近はもっと安いレートの会社も目白押しだ。
日本でも、昔よりはずいぶん安くなったが、帰国してから長距離通話料金の高さにうんざりしている。
しかし、競争はアメリカでは相当厳しいに違いない。
たまに旅先でホテルからかけると、同じアメリカ国内からなのに電話代がバカ高くて驚いた。
そういう場所では割引の塩梅。
私の部屋。
テレビも含め、家具はみなレンタル電話やケーブルテレビの契約を整えたところで、私は「M」に向かった。
私は買い物の趣味がないので、2年近い滞在中にもたった数回しかデパートに行かなかった。
でも名前くらいは知っていたのが、このMとブルーミングデールズ、それにサックス・フィフス・アベニュー。
他の2つに比べると、Mはいちばん庶民的だと思う。
周囲を歩く人々を見ても、ほとんどが有色人種で、あまり裕福な感じではない。
隣は「T」で、大通りは華やかだが、少し離れたところを歩いてみれば、大方の日本人なら見向のない「通常の」料金を適用しているのだろう。
出血大サービスの一方で、取れるところからは高い金を取り経営を成り立たせているように思えた。
ちなみに、航空料金でも同じことがいえる。
自由化で低価格化が定着したアメリカの国内航空運賃だが、出発日ギリギリでチケットを予約したら、目の玉が飛び出すほど高かった。
ニューヨーク、シカゴ間の往復で、安売りならニューヨークから東京まで行って帰れるくらいの料金を取られたのである。
しかもどの会社もまったく横並び、同じ値段であった。
苦情が通って自信がついたきもしないような安物ばかり置いている店が、このへんではもっとも繁盛していることがすぐにわかる。
とにかくMは、大きな一区画を占領するほどの大規模店で、品揃えの幅も高級品から手ごろなものまで豊富である。
ここで私は寝具や洗面用品をそろえることにした。
ふとんは「FUTON」という名で、アメリカでも市民権を得つつある。
街では「FUTON」と書いた看板を見かけることがある。
直訳すれば「気持ちよくするもの」だろうか。
ステューディオだから、お客さんが来てもベッドは丸見えなので、この色合いは重要だ。
だいぶ迷った末、私が選んだのは、アメリカの伝統的な雰囲気の(アメリカに伝統があるのか、という人もいるだろうが)、クリーム色の地に大きめの花柄プリントだった。
「エプロン」という、ベッドの足の部分を隠すカーテンもセットになっていて、いかにも西洋的なムードになるのが嬉しかった。
枕は、詰め物の素材で値段も全然違って、また迷った。
黒人のおにいさんの店員に相談したら、彼は2つを交代して抱いてみて、「僕ならこっちだ」と言ったので、それに決めた。
配達をお願いしてから、ところでいつ届くの?ときくと、1週間以内には、と言った。
ちょっと待って!それでは私はもしかしたら1週間も、むき出しのベッドで眠ることになるのか?「早くしてよ。」早ければ早いほどいいのでその夜、突然のすごい物音で何度か目が覚めた。
台所から、金属の塊でも床に落ちたような音が周期的に聞こえてくる。
日中の暗一騒の中ではさほど気にならなかったが、寝静まった夜中だと、びっくりして飛び起きてしまうほどのすさまじさだ。
冷蔵庫だった。
眠さで膝騰としながら、私はこのままでよいのだろうか、と考えていた。
これが毎日続いていくのでは、たまったものではない。
眠ることも、勉強もできない。
このとてつもない音は、どうも冷蔵庫のサーモスタットが働いて、電源が切れたり入ったりするときに起きるようだ。
翌朝、私は簡単なグラフを描いて、コンサージュといわれる、アパートの事務全般をとりしきる女性のところに持っていった。
グラフは横軸が時間、縦軸が冷蔵庫の温度変化を表わす大きな波線で、自動的にスイッチが作動する点に印をつけた。
「このときにものすごい音がして眠れないほどなんだ」と言った。
水漏れ、排水詰まりといった、アパートにまつわるこの手のトラブルには相当ある。
きょう、新しい家に入ったんだから。
うちはまだからっぽで、何もないんだから」と、しつこいほど強調した。
アメリカに来て、ずいぶん押しが強くなったと思った。
結局、その日一日は服を着込みバスタオルを巻きつけて、セーターをたたんで枕にして眠ったが、荷物は翌日届いた。
人が言うほどいいかげんな国でもないな、と思った。
覚悟をしていたので、はたしてあんな絵で何が改善されるのかと半信半疑であったが、翌日には新品の、ピカピカの冷蔵庫が届いた。
文句は言ってみるものだと思った。
と同時に、苦情が通ると、暮らしていく自信がつくものだと思った。
C大学のキャンパスのムードは、私がかつて通っていたW大学とどこか似通っている感じがする。
私だけでなく、他の日本人からもときどき同じ意見を聞く。
マンハッタンと東京、ともにいちばんの大都会にありながら、学生の雰囲気がイマイチ洗練されていないからだろうか。
それとも、C大学はセントラルパークの北西の角にあり、どちらも「都の西北」に位置していることと関係があるのだろうか。
そのへんは風水師あたりにきいてみなければわからないが、私は初めのうち、ふと母校Wにいるような錯覚に陥ることがあった。
しかしよく見れば、いくつかの煉瓦作りの建物は18世紀の趣を刻んでいるし、ギリシャ神殿風建築の大理石の図書館は、西洋の知の伝統を祐俳とさせていた。
フェロー生活のスタート初めて大学を見に行った日、キャンパスは並木の八重桜が満開だった。
日本で夫と一緒に成田空港に向かう朝も、アパートの前の庭の八重桜が満開だったのを思い出した。
新生活の慌ただしさから解放きれてほっとしたとき、まだときどき、日本で「捨ててきた」公私ともども生活について思い出すことがあった。
大学院で私が使うオフィスは、国際関係公共学部(SIPA)の9階、H研究所の一角にあった。
日本、朝鮮半島、中国などの東アジア地域を研究している、世界からの客員研究員や博士課程の学者などが、広い部屋を共同で使っていた。
私のデスクは、Nの社員でもうすぐ日本に帰るフェローから譲り受けることになった。
窓に面した端の机だった。
グレーの殺風景なスチールデスク。
からっぽの引き出し。
ここに、いったい1年間でどんな資料を詰め込み、私の中が満たされて帰ることになるのか、皆目見当がつかなかった。
哲学者の名前が、全部西洋人の男性のものであることに抗議する運動が、マイノリティや女子学生たちにより、少し前に学内で行われたという話を聞いた。
スチューデント・パワー華やかなりし時代が去っても、まだそういう元気のよい「リベラルな」空気が残っているのが、コロンビアのよさなのだろう。
W「在野精神」が尊重されてきたので、そうした点が似ているのかな、とフェローについては、前にも少し触れたように、明確な定員や年度の区切り、資格などが定められているわけではない。
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